ニキビ治療の利便性
彼が最後にこだわった部分は、「苦しんで死ぬような死なせ方は絶対しないから」という記述だ。
Nさんぱ、「死なせ方」という表現を「死に方」としてほしいと言った。
文章上はわずかなニュアンスの違いであるが、医療の主役は誰か。
医療者ではなく、死に逝く私白身であるIそんなNさんの意志が感じられた。
研ぎ澄まされた人間の感性とともに、在宅ホスピスの主役は自分であるとのNさんの気迫が伝わった。
遺ったNさんの言葉 それから六日経った十月十四日夜、Nさんの容体が悪化した、と婦長から電話がきた。
「ご本人が希望されるので明日、小笠原先生が胸水を抜き、三日連続で輸血する予定です。
もしかしたら、今回の治療中に亡くなられるかもしれません」 きっとNさんは頑張ってくれるだろう。
私は祈るような気持ちであった。
翌十五日、Nさんの姿を紹介する週刊誌が全国一斉に発売された。
Nさんは「よかった」とつぶやいた。
その一週間後の十月二十一日は秋晴れの木曜日だった。
この昼少し前、Nさんは、最後は眠るように息を引き取った。
仲間だちと一緒に青春を過ごした水産高校時代の制服を身にまとい、彼は天に昇ったのだ。
その夜、私は、亡き人と交わした九十通以上の往復メールを夜明け近くまでゆっくり読み返した。
雑誌の仕事で1ヵ月前に知り合った間柄にすぎないのだが、心の友を失ったような人生の寂しさがめった。
Nさんが、この世に遺した『ある身障者からの主張』ぱ、与えられた命を精一杯生ききっだ人間のつぶやきだ。
それはまた、ひとりのがん患者が人生最後に仕上げた「ライフワーク」である。
がん医療の理想は「一親等の医療」 ちょっと語弊のある言い方かもしれないが、ふと気づくと、がんを病む人との語らいが私の「仕事」になっていた。
医療現場を歩いて医者からモノを教わり、患者家族のつぶやきには共感し、心に残るような対話を重ねるなかに私の人生の時間がある。
がんを病む人は何に苦しみ、どのような悩みを抱えるか。
本書で綴ったように、がんの問題は、結局、患者個々の事情がさまざま異なり、およそがんの統計などの平均値で語られる性質のものではない、と思う。
病気と闘うために、人生の大部分を過ごす医者とは違い、一般の人間にはその人なりの健康人生があり、思いがけず病気の時間が訪れるのだ。
人生体験としてのがん闘病は試練に違いないが、逆に、長い人生のなかではほんの一瞬の出来事だ。
元気な姿でもう一度社会復帰できれば、病気の苦しみやつらさはまるでウソのように頭の中から消えてゆく。
いざ病気になるとどんな人でも弱気になるけれど、がんの生き方ぱ一人ひとり違うという意味で、人生とよく似ているような気がする。
治る人と治らない人。
がんが治った人は「ああ、助かった」と日常生活を取り戻し、不治の人は医者の力、家族や友の絆に支えられて寿命を生きる。
考えたくもないような現実を前に、やはり一番大切なのは勇気と想像力、そして人生の知恵。
ほんの少しの勇気を持ち、元気な心で精一杯生きてゆく。
これこそ患者の賢い生き方と呼べるものである。
ここから下未使用 一方、医者の理想像はと言えば、以前から「一親等の医療」というすばらしい考え方がある。
たとえば、弘前大学医学部の松木明知教授(麻酔科学)はそれを強く提唱し、若い医学生や研修医に向かって、次のように説く。
〈患者を一親等と見倣すことは言葉を換えていえば、その患者の治療に自分の全霊魂を傾注して行うことである。
自分の治療している患者をまるでテレビの画面上の人間であるかのように、自分の興味や遊びの対象であるかのように扱っている例を見受けるが、もし患者が自分の親兄弟だったらそのようにするであろうか甚だ疑問に思う。
確かに全精魂をこめて行うのだから、診療が終わったあとは大変疲れる。
疲れるのが当然であって、疲れないことがおかしい。
真面目に働けば疲れるのは至極当然のことであり、それが嫌いなら仕事をやめるしか道はない。
医療は遊びではないのである。
ましてや金儲けの手段ではない〉 医者も人間だ。
もし自分の身内ががんになったとき、どうしてあげたいか。
目の前にいる患者が高齢の人であれば両親か祖父母の姿と重ねて考え、同年配であれば伴侶や兄弟姉妹ないしは自分白身に置き換えてみる。
これも人間の想像力の問題であるが、それだけで「思いやりの医療」へと一歩近づく。
思いやりの医療とは、弱い患者に向かって周りの人がやさしくすること。
そしてまた、死にゆく人に対するやさしさの三原則と呼べるものがある。
やさしさの三原則とは、とめる、さする、ほめる。
これについて、実に人間味あふれる、ある名医の生き方を最後に紹介しておきたい。
とめる、さする、ほめる 本書を書きはじめた頃、京都を訪ね、私は元外科医中野進さんと会った。
「死がさけられない人、死にゆく人に何をしてあげられるか。
自分は何をしてあげたか。
私は、とめる、さする、ほめる、の三つのことをしてあげたいし、一人の医者としてそのことを一生懸命つとめてきました」 と中野さんは語りはじめた。
とめるとは、痛みをとめること。
生命の見込みがなくなった人生最後の時間に、痛みだけが残っているのは見ていてやりきれない。
家族が見守る前で、がん末期の痛みをとめるのは医者の技である。
医者の自分が、鎮痛に効果的な現代医療の技術を使い、ぜひ患者さんの痛みはとってあげたい。
さするとは、体をさすること。
触覚も心と心を通わせるコミュニケーションの手段となる。
病気で衰弱してだるく、思いどおりに動かなくなった患者の体を、さする。
大変気持ちがよいもので、それで死の苦しみは必ずやわらぐ。
だから、家族と医者が一緒になってさすってあげたい。
「患者さんの死が迫ったとき、家族は手をさすってあげればいいのです。
医者は遠慮して、足をさするのです」 手や足をさすりながら、患者本人に意識があれば、ほめる。
たとえ意識がなくても、その耳元で本人に聞こえるよう、明るく家族に語りかける。
死を受け入れざるを得ない、というそれ自体は救いようのない現実の前で、人間らしい心の部分で何かをしてあげたい。
無念の死よりも、おめでたい死を迎えさせてあげたい。
そのために、死を看取る側は何ができるか。
この場合、「もっと頑張れ」と励ましてはいけない。
状況改善の見込みがないときには、励ましぱなんの意味も持だない。
かえって逆効果になる場合もある。
ほめるのである。
「ほめるのは、人生の友の役割です。
親友が枕元に寄り添い、その人がカッコよかった場面をほめるといいのです。
人にはそれぞれ人生の晴れの舞台があるもの。
あの時の君はスターだった、輝いていたね、と本人が人生最高のシーンを思い出せるようにほめるのです。
ほめられると気が晴れて気持ちがよくなります。
そして、その場の全員が目を瞑って同じ場面を思い浮かべるのです」 ある年、友人ががんを病み、死期が近づいた。
その友人とは大阪大学名誉教授の中川米造さん。
中野さんにとって京大医学部時代からの古い友だった。
病状が悪化して食事ものどを通らなくなったとの知らせを受け、見舞いに駆けつけた。
「十分間くらい話していいか?」と枕元で語りかけると、がん末期の中川さんは「一時間大丈夫だ、きみと話がしたい」と言った。
痛みはなさそうだな、と友の手をさすり、半世紀も前の大学時代の思い出など、心の思いをいろいろと話した。
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